2015年09月12日

Wink - 愛が止まらない, 淋しい熱帯魚, 背徳のシナリオ, トゥインクルトゥインクル



Wink(ウィンク)は、1980年代後半から1990年代中期にかけて活躍した、日本の女性アイドル・ポップス・ユニット。鈴木早智子と相田翔子の二人組。1996年3月末を以って活動停止。

二人はともにワニブックス社の雑誌『Up to Boy』が1987年に開催したミスコンテストの入賞者(早智子が上半期グランプリ、翔子は下半期グランプリ)。1988年にWinkを結成し、同年4月「Sugar Baby Love」でCDデビューを果たした。ユニット名は当初、事務所側が「キラキラ輝く」を意味するTwinkle(トゥインクル)を提案したが、発音しにくいということで、トゥインクル→ウインクル→ウィンクとなった。
1989年、フジテレビ系ドラマ「追いかけたいの!」(1988年10月クール放送)の主題歌に使われた「愛が止まらない 〜Turn It Into Love〜」が大ブレイク、同曲で第22回全日本有線放送大賞グランプリ(上期)を受賞。同年「淋しい熱帯魚」で第22回全日本有線放送大賞グランプリ(年間)、第31回日本レコード大賞を受賞し、同曲で第40回NHK紅白歌合戦への出場を果たした。
1992年になると、早智子、翔子が別々にCDをリリースしたり、ドラマに出演したりと、ソロ活動が目立つようになってくる。
1996年3月末をもって7年11か月に及んだ活動を停止。現在はタレントおよび女優としてそれぞれ活動している。
Winkは解散したのではなく、あくまでも「活動停止中」であると翔子がテレビ番組等のメディアで何度か言明しているが、本格的な活動再開の動きは2015年現在見られず、事実上の解散状態となっている。活動停止後としては、これまでに何度かテレビの年末特別番組等で「一夜限りの」といった主旨で2人揃って歌を披露している。以下はその実例。
1998年12月29日放送 日本レコード大賞の40周年記念番組(TBS)
1999年12月30日 - 2000年1月1日放送 『超える!テレビ』(TBS) 歌のリクエストコーナー
2008年12月30日放送 『第50回日本レコード大賞』(TBS) メモリアルアクト・日本レコード大賞50周年記念特別企画
但し、WINK MEMORIES 1998-1996のジャケットの最後のページには、"・・・end" と記述されている(ピリオドは打たれていない)。
その他、早智子、および翔子がそれぞれ単独でWink時代の楽曲を番組・ライブイベント等で歌うこともある
posted by なつさん at 13:37| Comment(0) | 懐メロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岡本真夜 - そのままの君でいて [PVフル] 徳間ジャパン



岡本 真夜(おかもと まよ、1974年1月9日 - )は、日本のシンガーソングライター、作詞家、作曲家、編曲家。本名、岡井 真夜(おかい まよ、旧姓:岡本)。

高知県四万十市出身。名前の由来は真夜中に生まれた為。身長165cm。体重等は非公開。  デビュー当時の高知新聞には、本名が「岡本真子」と書かれていたが、詳細は不明である。
小学校5年・6年生の時はバスケットボール部に所属[1]。中学2年生から吹奏楽部に所属[2]。子供の頃・少女時代に好きだったテレビ番組は『キャンディ・キャンディ』(テレビ朝日)、『毎度おさわがせします』、『うちの子にかぎって…』、『パパはニュースキャスター』(ともにTBS)。
両親の離婚により祖父母の養女となり、人見知りが激しく、恥ずかしがり屋だったこともあって、小学生・中学生時代にその事で虐めを受けたという。小学3年生から高校1年生の時までピアノ教室に通っていたこともあって[6]、ピアニストを目指していたが歌手を目指すきっかけは高校一年の時にラジオで「未来予想図II」を聞いた事。それから、DREAMS COME TRUEの吉田美和の歌に憧れを持つ。それまで岡本は歌が嫌いだったが、密かに歌手になる夢を持つようになる。
祖父の仕事の関係で高校2年生時高知市に転校、高知県立高知南高等学校へ編入する。そこでは尊敬する教諭との出会い、多くの友人と出会う事になる。後に「そのままの君でいて」のモチーフとなる親友とも出会うこととなる。
岡本と、その親友は背格好や性格等が似ており、双子や姉妹に間違われる程であった。親友等の支え、また母が「つては有るけど、送ってみる?」と紹介したことも有り、岡本は自分の歌を録音したカセットを現在も所属する芸能事務所に送る[7]。その後、返事が来て高校卒業後に東京に来ないかと言われデビューに繋がる。(ちなみに、高校時代の友人の中に、お笑いトリオビーグル38の能勢がいた。彼とは高校2年からの同級生で、上京後も交流が続いている)。
高校卒業後、反対する祖父母を押し切り、家出同然でアーティストを目指して上京。上京後当初はボイストレーニングやアルバイト等をしており、その頃(18歳)に作った曲が代表作でデビュー曲「TOMORROW」とC/W曲「BLUE STAR」だった。事務所から、作詞・作曲を100曲出来たらデビューをさせると条件を出される。多少の作曲は遊び程度にはしていたが、本格的な知識も無い状態でもあり、生活費を必死にアルバイトで稼ぐ中、楽器も無い最悪の環境で彼女が思いついたのは鼻歌をカセットテープや自宅の留守番電話に録音する事だった。
結局、100曲には満たないものの40曲の作曲を成し遂げる。「キャリアがある者が作れないような曲をあっさり出してくる。非常に幅の広い、しかも新鮮な曲です」と当時の岡本の音楽プロデューサーに言わしめた程。この事により、彼女は作詞・作曲に徐々に自信を持てるようになる。デビューから5年目で初期の作品は未熟で恥ずかしい作品が多いとも語ってはいる(彼女を育て上げた祖父は2007年他界し、祖母は現在も高知で在住)。
1995年5月にシングル「TOMORROW」で徳間ジャパンからデビュー。「TOMORROW」は、TBS系連続ドラマ『セカンド・チャンス』の主題歌に起用される。また、その後オリコン集計の累計売上げが約177万枚まで伸び、出荷枚数は200万枚を突破する大ヒットを記録。翌年、第68回選抜高等学校野球大会の入場行進曲となった。
デビュー当初はテレビやラジオ等のメディア露出やライブを一切しなかったが、デビューした年の『第46回NHK紅白歌合戦』でメディア初出演を果たしている。
その後、「FOREVER」「Alone」「そのままの君でいて」「サヨナラ」などのヒット曲を放ち現在までに20枚のシングル、10枚のアルバム、1枚のミニ・アルバム、3枚のベスト・アルバムを発表。中山美穂や中森明菜のほか、広末涼子、同郷の島崎和歌子などに楽曲を提供し、アニメ『ちびまる子ちゃん』のエンディングテーマの作曲や森永製菓『小枝』のCM曲なども手がけ話題に。最近ではエッセイの執筆や写真展の開催なども行い、活動は多方面に広がっている。
2000年1月にコンサートの美術スタッフの男性と結婚し、同年11月に第一子を出産。ほどなくして音楽活動を休止していたが、翌2001年に活動を再開した。
なお、所属レコード会社は1995年から2003年までは徳間ジャパン、2005年から2006年まではエイベックス(avex io)、2008年からは再び徳間ジャパンと同じ第一興商傘下の日本クラウンであった。2015年からはドリーミュージックに所属している
posted by なつさん at 13:33| Comment(0) | 懐メロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シャ乱Q「シングルベッド」(MV)



シャ乱Q(シャらんキュー)は、大阪出身の日本のロックバンド。所属事務所はアップフロントプロモーション(旧称:アップフロントエージェンシー)だったが、現在はシャ乱Qとしては同じアップフロントグループ系列のアップフロントエージェンシー(現アップフロントプロモーションとは別会社)、各メンバーはそれぞれ別の系列事務所に所属している。レコード会社は、活動休止前までの所属はBMG JAPAN(旧BMGビクター、現:アリオラジャパン)だったが、現在はアップフロントの子会社であるアップフロントワークスのレーベルであるzetimaに所属している。

posted by なつさん at 13:30| Comment(0) | 懐メロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

つんく♂『しょっぱいねソロリップVer.』

つんく♂『しょっぱいねソロリップVer.』(TSUNKU♂[Shoppaine (salty tears)]


つんく♂(1968年10月29日 - )は、日本の音楽家、作詞家、作曲家、実業家。総合エンターテインメント事務所TNX(ティーエネックス)株式会社代表取締役社長。公式サイトでは自身を「総合エンターテインメントプロデューサー」としている。
1992年にシャ乱Qのフロントマン(ボーカリスト)としてデビュー後、モーニング娘。及びハロー!プロジェクトの総合プロデュースを務め、以降音楽プロデューサーとしても活動。本名、寺田 光男(てらだ みつお)。大阪府東大阪市出身。血液型はB型。身長170cm、体重58kg。近畿大学附属高等学校、近畿大学商経学部卒業

2014年3月6日、喉頭がんを患ったことを公表した[8][9]。9月25日、いったん「完全寛解」を発表したが、がんが再発見され、10月上旬に手術を受けていたことを10月17日に明らかにした。その後2015年1月20日、日本を元気にする会の結成記者会見にメッセージを寄せた際、松田公太議員により、声帯摘出したことが明かされる(この場では「なかなか声が出せないという状況」とされていた)。
2015年4月4日、自身がプロデュースした母校・近畿大学の入学式に出席。2014年10月の手術の際に声帯を摘出し、声を失っていたことを自ら公表した。2013年9月21日に東京・中野サンプラザで行われたシャ乱Qの結成25周年記念ツアーの最終公演が最後の歌唱となった。。ブログでは、現在の心境を綴った本を執筆中であることを明らかにした。
2015年7月3日、東京ドームで行われたプロ野球・楽天―日本ハム戦で始球式をつとめた。声帯摘出を告白した4月4日の近畿大学入学式の後、初めての公の場となった。
2015年7月、声帯全摘出以来、習得が難しいとされている“食道発声法”のトレーニングを重ねていることが報じられた。まだ聞き取りにくいほどの小さな「声」であるが、発声することが出来るようになってきているという。
2015年9月10日、手記『だから、生きる。』を出版。同書の中で、前年10月のモーニング娘。'14のニューヨーク公演後にハロー!プロジェクトの総合プロデューサーを退いていたことを明らかにした
posted by なつさん at 13:27| Comment(0) | 懐メロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

負けないで - ZARD




ZARD ALBUM COLLECTION MEDOLEY

ZARD ALBUM COLLECTION 〜20th ANNIVERSARY〜 2012.01.01 Release!!

ZARD 1stアルバム『Good-bye My Lonelliness』から最後のオリジナルアルバム『君とのDistance』ま-でのオリジナルアルバム11作と未発表音源及びレア音源を収録したプレミアムディスク-を含む、全12枚・全128曲を収録!
2枚のダブルミリオン・アルバムと4枚のミリオン・アルバム、そして現在生産中止とな-っている『時間の翼』も、もちろん収録!

その中から、代表曲のメドレー映像を配信!!

  遠い日のNostalgia
  負けないで
  君がいない
  揺れる想い
  きっと忘れない
  Oh my love
  ハイヒール脱ぎ捨てて
  マイフレンド
  心を開いて
  Today is another day
posted by なつさん at 13:15| Comment(0) | 懐メロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。